「ペンギンを見に行く」から「『まつり』へ会いに行く」。すみだ水族館の推しペン超選挙

2018/12/11

すみだ水族館で生まれた墨田区生まれ墨田区育ちのペンギン11羽によるアイドルペンギンユニット「EDOーCCO(エドッコ)」。その初代センターを、Instagramのフォロワーと水族館での投票によって決める推しペン「超」選挙が2018.10.1-11.18に行われました。

初代センターを決め、その後アイドルペンギンユニットによるデビューシングル「くちばしにキッス」の配信も行うという、溢れんばかりのペンギン愛が詰まった本企画への思い、また実際のInstagram運用を行った飼育スタッフの方の体験談をお伺いしてきました。

Interview / ソーシャルメディアラボ編集部 板谷昂洋(@itaya1991_ugsc
Text & Photo / ソーシャルメディアラボ編集部 大木一真(@whiskyjunky

    ■目次

  1. プロフィール
  2. すみだ水族館のライブ感ある情報を届けたい
  3. 水族館のコアファンを増やし、リピートにつなげる
  4. 通常業務の延長線としてのInstagram発信
  5. 「見る」から「探す」へ。ペンギン超選挙の成果
  6. アウター施策だけでなく、インナーへのメッセージを企画する

1. プロフィール

企画広報チーム
恵土敦(右)

展示飼育チーム
高嶋悠加里(左)

2. すみだ水族館のライブ感ある情報を届けたい

ーーいきものを「見に行く」のではなく、「会いに行く」場所にしたい、「コミュニティ型の水族館」というコンセプトを掲げるすみだ水族館。「コミュニティ型の水族館」として、人が集まるためには、水族館としての意味性を持たせる必要があります。

そこで、「自分の好きないきものがいるから、すみだ水族館に行きたいな」というモチベーションをどうデザインしていくのか、そして飼育スタッフをはじめ、現場で働いている全員がイベントに対して向き合うモチベーションをどうデザインしていくのか。

つまりアウターとインナー、両方のモチベーションをイベント企画としてどう整理するべきか、という試みの中で生まれたのがこの「LOVE推しペン超選挙」です。

恵土敦 氏(以下、敬称略):すでに「〇〇総選挙」のキャンペーンは世の中にいっぱいあります。ですが、そうしたお茶の間でも受け入れられるような、ベタな企画のほうが世の中のアウターのモチベーションと、働いている社員のインナーとしてのモチベーションが定まりやすい、つまりお客さんとスタッフで共通認識が掴みやすいと考えました。

また、すみだ水族館では「ライブ感のある情報」にこだわりたいという思いもあります。従来の水族館は、基本的に海沿いにあり、一部の生き物マニアや魚好きの人たちが行き、こんな珍しい生き物いた!といった水生生物の知識に満足して帰っていく、そんな場所だったと思うんです。

しかしすみだ水族館や京都水族館のような都市の中にある水族館に、お客さんは一体何を求めて来てくれるのだろうと考えたとき、必ずしも水生生物の知識を求めているわけではありません。そうした知識は、インターネットや図鑑、どこでも拾える時代になってしまっています。

だからこそ、すみだ水族館ではそうした情報ではなく、「今このペンギンプールでこんなことが起きている」「このペンギンだからこそ見られるこんな瞬間」といったライブ感がある情報を重視しています。

3. 水族館のコアファンを増やし、リピートにつなげる

高嶋悠加里 氏(以下、敬称略):今回のイベントでは、ペンギンたち一羽一羽の個性やその違いを発信していきたいという思いがあります。すみだ水族館で生まれた子たちは、卵の段階から飼育スタッフがずっと見守ってきています。
ですので、お客さまにも一番語れるポイントが多い、墨田区生まれ墨田区育ちの11羽に絞っています。本当はもう58羽全羽推したい!ぐらいの愛が飼育スタッフ全員から溢れているのですが(笑)

ーー今回のイベントではどのような目的があったのでしょうか。

高嶋:投票という仕組みから考えると、一羽一羽が違うことを認識しないとそもそも選びようがありません。お客さまが投票するために一羽一羽どう違うのかなというポイントを気にして見てくれると考えました。

58羽のペンギンを毎日飼育していると、やっぱり一羽一羽にすごく違いや個性があることに気付きます。お客さんにもそれを知っていただくことで、もっとペンギンとの距離がぐっと近くなるのではないかなと。

「なんか自分と似てるなこの子」「この子とこの子ってこんなに違いがあるんだ」「この子とこの子すごい仲いいぞ」とか、イベントを通してそうしたところまでお客さんに伝えたいなと思っています。

恵土:実は水族館側としては、そうした思いはもともと持っていたんです。しかし、スタッフとお客さんとの会話を通して伝えることはできても、来館していない方や水族館の外にまでこうした情報を発信することは今まで難しかったんですね。今回はSNSを活用しながら、水族館の外にまで、ペンギンたちの個性とその豊かさ、面白さを伝えていくことになりました

ーー数値的な目標は?

恵土:入場者数というのもありますが、それよりも本質的なすみだ水族館、京都水族館のコアファンを増やしたいと思っています。お気に入りのペンギンにまた会いに来てもらう、リピーターになっていただく。そうした意味では、年間パスポートを購入に繋がるようなリピート施策という側面も持っています。

4. 通常業務の延長線としてのInstagram発信

ーー今回の施策でInstagramを活用された理由について教えてください。

恵土:すみだ水族館の規定として「生き物を擬人化してはならない」という大きなルールがあるんですね。例えば、ある生き物がこんなことをしゃべってますよ!みたいな表現はNGなんです。その生き物が本当にそう思っているかどうか分からないことを、世の中に対して勝手に発信するのはおかしいだろう、という考え方からです

飼育スタッフの日々の観察に基づいたペンギンの個性や違いを発信する、ということを考えたときに、個人と個人がつながっている感覚を最も出しやすいのがInstagramだと思いました

水族館の公式アカウントではなく、出馬しているそれぞれのペンギンたちのアカウントで世の中とつながっていく、このペンギンと自分はつながっているという感覚を持ってもらいやすいのではないかと

飼育スタッフの方々が、実際に写真を撮ってInstagramにアップするということをやってくれていますが、これって本当に負荷が大きいんです。

1人で何羽か束ねながら、通常業務に加えて、情報発信の業務が加わってくるので、飼育スタッフの方が協力してくれない限り、今回の企画は成り立ちません。飼育スタッフが前のめりで協力してくれたからこそ、成立した企画でした。

ーーInstagramで発信された、どのような点を工夫されましたか。

高嶋:もうそのまんまのペンギンを発信しています。「まつり」がいつもプールでやっていること、朝はこんなことしてるよ、ご飯はこんなふうに食べてるよ、誰と仲いいよ、といった日常を写真で切り出しているだけです。なので特にキャラ付けや違いを意図的に演出することは全くしていません。

ーースタッフ同士ではどのように盛り上がりましたか。

高嶋:スタッフ11人がそれぞれ1羽担当しています。「まつりのあのときの写真が撮れたよ!」「この写真かわいい!」など、お互いに盛り上がっています。

本当にナチュラルにいつもの光景を写真で撮って、文章もいつも館内でお客さまに伝えているのと同じ感覚で書いており、それがいつもの引き継ぎ業務の一部にもなっています。

「今日は誰と一緒にいたね」「いつもここにいるのに、今日はここにいた」ということも、実はペンギンの健康管理における重要な1つの情報なんです。野生動物は具合が悪いことを隠すことが多いので細かい違いに気付いてあげる必要があります。

ーーどのようなことに苦労されましたか。

文章を削ることが一番大変でしたね……。いつもの引き継ぎ業務の感覚だと長くなりすぎてしまうので。ただ、すごく大変とか、すごく難しい、ということはありませんでした。逆にどうやったらうまくいくだろうと考えることが面白かったです。Instagramだといいねの数字で結果が見えることで、次はああしよう、こうしようと工夫に繋がり、ペンギンの魅せ方について勉強になりました

5.「見る」から「探す」へ。推しペン超選挙の成果

ーーイベントを通して、お客さんには変化がありましたか。

高嶋:館内でのお客さまの行動変化ははっきりと見られました。以前とは違い、ペンギンプールの周りで皆さんペンギンを「見る」のではなく「探す」んです。

今までは漫然と「ペンギン」を見ていたのが、今回の企画で「まつり」や「きりこ」を見てくれているという実感があります。

近くにスタッフがいれば、「まつりは今どこにいますか?」と話しかけていただいたり、館内のコミュニケーションも活性化しています。

お客さまのペンギンを見る視点が変わってきている、お客さまがペンギンたちに一歩近づいてきてくれていると、肌で感じていますね。

一番嬉しかったのが、投票券に応援コメントが書かれていたことです。そういう枠がある訳でもないのに、ペンを用意した訳でもないのに、多くの方にコメント付きで投票していただけました。

飼育スタッフ同士で読ませていただいて、「ペンギン」ではなく「まつり」を見ていただけたことが、本当に、嬉しかったです。

恵土:マーケティング的なことで言いますと、お客様のマインドセットをどう変えるかという課題がありました。この課題が解決できたかというと、まだできていないと思います。

例えば、チンアナゴに対してものすごくモチベーションを高く持って来られてるお客さん、つまりコアファンがいらっしゃったり、今回はペンギンのコアファンを作ることができましたが、本当はすべての生き物にコアファンがいる状態にしたいんです。今回、その入り口としては機能できたのではないかという感じです。

ーー定量的な成果ではどのようなものが挙げられますか。

恵土:X(Twitter)のツイート数でいいますと、ペンギンたちのプライベート相関図が合計でおよそ3万リツイートされました。

バズサーチによると、「すみだ水族館」と「京都水族館」というワーディングが世の中でどの程度話題になっているかという数字に関しては、通常で3倍から5倍、多いときだと10倍から15倍ほど話題になっていますね。

当初のイメージでは、話題の山が何個かあるイメージだったのですが、今はなだらかにずっと続いています。

ーー投票数はいかがでしたか。

恵土:投票数では現在8万票ぐらいです。入場者数全体から見ると、来館者の8割が投票に参加してくれている計算です。今までの他のイベントからすると、この参加率はあり得ないぐらいの数字です。

来館者には幅広い世代、属性の方がいらっしゃるのですが、それに関わらずみなさまに投票いただくことができました。

6. アウター施策だけでなく、インナーへのメッセージを企画する

ーー今の企業が抱える課題として、アウターの施策には慣れていても、社内の思いをエンジンにしてメッセージングしていくことがまだまだ下手ということが挙げられます。特に普段の業務で忙しい現場の方々が参加しやすい仕組みが何なのかということを企画する際に考える必要がありそうだと、恵土氏は振り返ります。

恵土:「会いにいけるアイドルペンギンユニット」というのも、実はすごい当たり前の話をしているんです。水族館に行けばペンギンには必ず会えますから。外にわざわざ言うことではないメッセージですが、実はそのインナーへのメッセージも含んでいます。

お客様がペンギンに会いに来てくれているんだ、というメッセージを飼育スタッフをはじめ、社内に向けて発信しています。社内スタッフがいま着ているこうしたTシャツもその一環ですね。

恵土:イベントを通して、スタッフのモチベーションの高さや経験も積み上がっていきますし、これをきっかけで生まれた、さまざまなコンテンツがこのままイベント終了後も館内のどこかに残っていき、ずっとお客さまが楽しめる状態になるかもしれません。またそこから派生して、何か次のイベントにもつながっていけばよいですね。

ーーインナーとアウター、どちらの意味合いも兼ねた方向性を、企画者が定められるかどうかは重要であり、どの企業でもそこが課題になっています。また、単発のイベントとして終わらせないことも重要です。イベントは一過性のものとして捉えられることも多々ありますが、そもそもの根底的な考え方や企業のブランドとうまく紐付いていると、イベントが終わった後もずっと企業の中に残っていくのではないでしょうか。